米寿祝い

今日4月29日、母の米寿祝いを挙行できました。

本当は5月1日が誕生日ですが、遠方に住む
家族もあり、できるだけ集まる日が今日でした。

孫とひ孫を合わせると、18人。
刃こぼれがあり、15人が参加しての米寿祝い。

自分のことに置き換えると、88歳まで
生きることができるか、どうか。

生きるなら 母に倣えよ 質素の意味
  贅沢を分からない人

食生活、労働の汗を知らずに生きて57年。
分かった時には生きていない。
何が大切かを考えた午後となりました。
孫は見れても、ひ孫を見ることができるか。
冷や汗は流しても、涙を流すこともせず、
人生を語るな。
身から出たサビと思い、他人を許す、裏切られても
他人を許す。悟りに遠い未完全の人です。

スポンサーサイト

もういた。春が

今日、思い立ちバッケを採りに出かけました。
フキノトウとも言われていますが、ここでは
バッケです。

妻と孫二人の四人組で河川の土手をゆっくりと。

バッケはすでに芽を出し、すっかり開いておりました。

バッケは一斉に芽を出しますが、中には、気付かない
もの、寝坊するものもいる訳で、おとぼけバッケを
レジ袋に4袋。

食通は 寝坊する奴 好きだから
  春のおすそ分け人

まだか、まだかと思っているうちに ここに春がいた。
これから朝でも寝ている人が増えます。

バッケの天ぷらが夕食を彩りました。この苦さが
堪りません。ビールの苦さと同じです。

げんべえのもったいない

落語が好きな人間です。

立川志の輔のCDを借りて、落語「死神」を
聴いています。

<前略・相当量>
げんべいは、自分自身の燃え尽きようとしている
命のローソクを持っており、死神からの冷やかしでよこした
新しい命のローソクの灯を偶然にも移し替えることが
でき、命を永らえることができることになる。

死神は自分の不始末に困り、死神の暗闇(洞窟)から喜んで
抜けだそうとするげんべいを追いかける。

死神に消されそうになる自分の命のローソクを必死で
守り切り、げんべいは暗闇から逃れました。

「分かった。それはもうお前の命だ。安心しろ。」
げんべいは、「やったぜ」とすっかり安心。

後ろから死神が声をかけた。
「そこは明るいぞ。点けたままでいいのか?」
べんべいは「そうだな、もったいない」と言って
自分の命のローソクを「フーッ」と吹き消した。
「あぁ~」


もったいないがすべてに優先する普段のぜんべい。
命よりモッタイナイ根性が自分を切り捨ててしまいました。

こんな人にこそ、手元供養を知っていて欲しかった。



明治の名人三遊亭圓朝がオペラ(グリム童話との説あり)
を出所にした創作落語。
さげを志の輔がオリジナルに工夫した「死神」の一席でした。
主人公の名は落語家により、八五郎のとき、げんべいのとき
などがあります。

今頃げんべいは、どう思っているのでしょう。
「延命措置」「自然死」とかの単語が頭の中でクルクル回転します。
死神は務めを果たしたと思っているのでしょうか。
「いや、俺は何もしない、誰でもそうなるものなんだから」と
言っているのかも。ジャンジャン。


タイヤ交換

里はもちろん、山にも雪が無くなると
冬タイヤをスリーシーズン・タイヤに交換します。

冬タイヤは、かなり以前はピンが埋め込まれており、
雪面、氷面でも滑りにくくするためのものでした。

が、道路がピンによって削られるため、製造が中止され、
今では各社が様々な工夫をしたスタッドレス・タイヤに
変わりました。

タイヤ交換は春だけでなく、降雪時前にもやり、年2回と
なります。この履き替えはプロに頼めます、当然。

しかし、パンクの時もタイヤ交換が必要で、この時も
ジャフなどのプロを呼べばいいでしょ、は通用しない
ことがあります。ので、妻や子供たちには自分で
タイヤ交換ができるように躾けました。

ところで、パンクしたなら、自分で交換できる女性が
少ないことにびっくり。

自動車は郡部では、日常の足と同じですから、車載工具を
用いて行います。ジャッキの使い方、ナットの外し方も
生きていくための必携技量です。

タイヤはさ パンクするから 分かってね
  生活応援団長

例えば、ジャフを呼んで、走行可能までには、
2時間は要します。時間は売ってません。
自分のことは自分で。生きる力です。

脳の本能

脳の本能には、生きたい、知りたい、貢献したい
があるそうです。

しかし、仏教では、四苦八苦があり、
生きていること自体が苦だとも言っています。

さらにしかし、最期は貢献したい とは頷くことができます。

それは、社会貢献することで忘れられない人になることが
できると本能が囁くからだと思います。

いいことの 積み重ねで 安らかに
  これでいい人

生きていれば死があるはずなのに
避けたいのが本能。
でも知能が先を考える。だから人間。

東日本大震災での岩手の行方不明者は
1,200人を超えます。遺体が無く、悶々としている
ご家族がまだまだ多くいます。

三上の閃きを書き留める

三上(さんじょう)の閃き という言葉があります。

一番良い考えが浮かぶ時は三つあり、
馬上(ばじょう)、枕上(ちんじょう)、厠上(しじょう)
だとは中国の欧陽脩の言葉。

馬上は今では電車やバスなどの乗り物に乗っている時、
枕上は寝ている時、
厠上はトイレにいる時

なるほど、思い当たります。中国だけではなく、日本も。

その時にはノートとペンを供えて置き、すぐ書き留める。
その時のハッと気付いたことが良いアイデアだったりします。
この時には、すでに神が降臨していらっしゃるのです。

気付いたら そばに無かった 紙とペン
  神頼みの人

紙とペンを探しているうちに 「なんだったか」忘れてしまって
います。
歳のせいではなく、自分が悪いのです。
やはり、いつもそばに置くようにすればいいだけです。
紙だけでなく、妻さえも。

花粉症の季節で

寒くはないが風が吹いています。

このような時には、花粉がよく飛びます。

花粉は遠野では、この時期は、杉がほとんどです。
杉は花粉を飛ばして、子孫を残そうとするわけで、
大地に芽を付けようと、風に乗せて遠くへ
遠くへ運んでもらおうと風のある日には花粉で茶色に
なってしまいます。

山を散策すると、「ああ これは花粉から出た
杉の芽だ」という陳列物を見たことがありません。

頑張れよ 杉花粉たち 山が待つ
  折り合いをつけたい花粉症の人

やはり花粉症はつらいようです。
花粉症で困っている鳥を見たことがなく、
おそらく鳥は花粉症にはならないようだ。
だからといって、鳥にはなりたいと
思いません。人間がいいです。

お花祭り

今日はブッダの誕生日。日本ではお花祭りです。
仏教が起こり2,500年以上も過ぎても
お釈迦様の誕生日をお祝します。

命日だけを刻む墓誌がありますが、いつ生まれて
いつ亡くなった の生き抜いた日々を刻む。

そうすると、生誕記念日も命日のほかに増えて
いいと思う。

無くなったものを数えるより、生きたことを
証明したいものです。

そうだよね 確かにあの人 ここにいた
  人間の証明が欲しい人

あとはどう生き抜いたかが、これからの命題です。

仕事の良さを発見

今日、NHKの「仕事ハッケン伝」を視聴しました。

若い人にとってどのような仕事をやりたいかは、
人生の中で、大きな大きな事件です。

今の中学校や高校は、どのような仕事に就きたいかを
発見できる機会をつくっておりません。

中学や高校でやりたい仕事がわかる、何となく
分かるということは大きな、大きな分岐点です。

親が指図しても、子供たちは迷うものです。
反抗もします。

自分自身もそうでした。
だから、人生を考えている内に、焦燥してしまって、
とりあえずにしがみつきます。


泥船に だけど乗ってさ 分からない
  なぜわが子がと、嘆く親をなだめる人


勉強とは学校だけでないはずで、もっと社会の仕事の
厳しさ、楽しさが分ければ、いい人生があるはず。

バッケのお知らせ

春のお知らせは、バッケが運んでくれます。

バッケとはフキノトウのことで、東北地方では
よく使われる地域特定用語です。

天ぷらが好きという人が多いですが、僕は酢味噌和えが
好きです。
バッケ味噌が好き とか 嗜好品です。

産直店で買うこともできますが、やはり野原
を散策しながらバッケ採りが、春を実感できる
ものです。

肌で感じる春、食で感じる春。
春はすぐそこです。

春よ来い 人も喜ぶ 春が来る
  春食い人

食べて旬を感じると考える日本に生まれて
良かった。みんなもそうでしょ。
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR