これからは誰にもある

1月31日・2月1日の両日、手元供養の紹介をする機会を得ました。

何と、その葬祭会館の内覧会には、1,550人が来場。
手元供養(自宅供養ともいわれて)を説明。
「お墓を建てたから、手元供養は不要。子供は長女だけ、しかも独身。
結婚しそうもない長女に困っている。」
とのこと。

自分の代ではそれでいいかも。しかし、残された長女の時代には
その見栄のお墓はどうするのか?
墓終い(はかじまい)の時代がすぐそこにあるのに。

「お墓も建てられない人だったと思われたくない」と言われた際には、
その見栄が残された子供にとって、大きな負担になりますが、
それでもお墓を建てるのですか?
「・・・」

見栄や慣習に囚われて暮らすより、『流石にお父さんは大したものだ。
手元供養でよかったんだ。』と言われるお父さんが多くなって欲しい。

自信があります。必ず来ます、手元供養。
「こんな方法があったんだ。」
「将来は、これでいいかもね」
「散骨の申請は、どこに出せばいいのですか?」

などの声が後押ししてくれました。
関心が高いのは女性でした。女性が日本の中心です。


○見えるでしょ 老い支度での 先の幸
    寿老人の親戚



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